組織・委員会等

公害等調整委員会

公害紛争処理法に基づいて、公害紛争に関するあっせん、調停、仲裁を行う国の機関。
委員長と委員は両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命するものとされており、高い法的権威が付与されている。


専門委員

公害等調整委員会は、専門の事項を調査させるために専門委員を置くことができるとされている。任命者は総務大臣であり権威は高い。豊島事件では、廃棄物の専門家3名が専門委員として任命された。


技術検討委員会

1997年7月の公害調停の中間合意に基づき、香川県が設置した豊島に不法投棄された廃棄物を島内で無害化処理し、島外で処分するための処理技術を検討する専門家による委員会。豊島住民が委員会の検討内容に意見を述べることができた。3つの報告書を作成した。


技術委員会(豊島廃棄物等技術委員会)

2000年6月公害調停の最終合意に基づき、香川県が設置した専門家による委員会。豊島廃棄物の無害化処理事業を実施するために必要な施設や処分地の環境保全のための施設を設計、建設し、操業のためのマニュアルを作成した。豊島住民が委員会の検討内容に意見を述べることができた。


処理協議会(豊島廃棄物処理協議会)

2000年6月の公害調停の最終合意に基づき、豊島廃棄物無害化処理事業の実施に関して、豊島住民と香川県が協議する委員会。委員は、学識経験者2名と豊島住民代表者、香川県代表者各7名で構成され、年2回1月と7月に定期開催される。


管理委員会(豊島廃棄物等管理委員)

2003年9月から豊島廃棄物の無害化処理事業の実施を管理するために、香川県が設置した委員会。年3,4回開催され、処理事業の進捗のチェックと処理計画を策定している。豊島住民が委員会の検討内容に意見を述べる。


豊島学(楽)会

豊島の産廃不法投棄事件をきっかけに、豊島に関心を寄せてきた研究者、学生、市民、行政など様々な立場の関係者が、豊島を材料に関心のあることを記録、議論、研究する場として、2006年7月に設立した。2007年から毎年4月に研究発表会を開催している。会員数は約90名。


廃棄物対策豊島住民会議(1990年11月結成)

豊かなふる里「豊島」を、わが手で守るための「産業廃棄物持ち込み絶対反対豊島住民会議(1977年結成)」を、兵庫県警による摘発後に立て直し、持続可能な組織として再結成した。


「豊島のこころ資料館」(2002年6月開館)

産廃撤去が進む不法投棄現場の入口には、かつて産廃を持ち込んだ業者の事務所が残っている。第2・第3の豊島をつくらせないため、住民がここに自らの手で資料館を設置した。産廃をはぎ取って樹脂で固めた断面など豊島事件に関する資料を展示し、「ここで何があったのか」をあらゆる人に問いかけ続けている。


豊島・島の学校

豊島事件から得た教訓を若い世代に伝えるため、廃棄物対策豊島住民会議が2003年から2012年まで、毎年夏に2泊3日で開催していた環境学習セミナー。2013年からは、おもな受講対象を大学生に絞り、有志による「豊島・島の学校プラス」として開催している。 Facebook URL


豊島は私たちの問題ネットワーク

「豊島(事件)は、私たちの問題である」との認識を広げようと、高松、善通寺、小豆島の3地区の呼びかけ人が中心となり1996年に島外の市民が作った団体。市民が所属組織•団体、党派の枠を越えて参加しやすい交流イベントを開催、豊島の魅力と事件の経緯をまとめたリーフレットを作成するなど、関心の輪を広げることを中心に活動し、住民運動の側面支援の役割を果たした。


豊島総合観光開発株式会社

日本最大規模の産業廃棄物不法投棄を行った事業者。瀬戸内海国立公園に指定されている場所で、海岸の白砂や山の土を不法採取した跡地に産業廃棄物を不法投棄し、国民共有の財産である国立公園を破壊し、深刻な環境汚染を招いた。

住民の活動・できごと

地区別座談会(1993年12月開始)

公害調停申請は、豊島の95パーセント以上の549世帯が参加した。できるだけ小さい地区単位で弁護士、専門家を交えて座談会を何度も行った。誰でも発言できる状況の中で、住民が情報を共有・理解して主体的に運動に加わった。


県庁前立ちんぼう(1993年12月~1994年5月)

公害調停申請直後、多くの人に、豊島事件を知って理解してもらうため、住民5人が1組となり「豊かな島を返せ」「県はだました責任をとれ」の幟を立て、胸にはゼッケンを着け、香川県庁前でビラを配り、半年間毎日、立ち続けた。


公害調停専門委員による実態調査(1994年12月~1995年7月)

公害調停の手続きの中で、不法投棄された廃棄物の量と環境汚染の程度を調べるために実施した調査。公調委から委嘱された3名の専門委員が計画して実施された。1994年12月から95年7月にかけて、2億3600万円の費用を投じた調査が行われ、不法投棄された廃棄物は約50万トン、鉛やPCB等で有害廃棄物の判定基準を超えていることなどが分かった。


銀座デモ(1996年9月)

住民の運動に全国的な支持を広げるため、日本の中心である東京銀座、数寄屋橋でケースに入った廃棄物やペットボトルに入れた汚水を並べ、都会の廃棄物が過疎の島に持ち込まれている現実を訴え、デモ行進をした。


小豆島ローラー作戦(1997年7月開始)

県議会で地元選出の議員が、「豊島の運動は弁護団主導の根無し草運動である」と発言したことに対し、住民も弁護団も衝撃を受けた。これを契機として以後、住民は小豆島に拠点事務所を設置し、手分けして土庄町6000戸全戸を訪問し理解と支援を訴える活動を始めた。


100か所座談会(1998年7月~1999年3月)

香川県民の理解と支持を得るため、県内全5市38町(当時)で100か所座談会を行った。7月から翌年3月まで、住民自身が会場を設定し、電話・宣伝車等で案内をし、毎回、午後7時から座談会を開いた。終了後に豊島に戻ると日付が変っていた。

法律・概念

公害調停

申立人の申請に基づいて、調停委員会(調停委員3名)が当事者の意見を聞き、調査を行うなどして積極的な調整を行い、双方が合意することによって紛争を解決する手続き。成立した合意は、民法上の和解契約と同じもの。


廃棄物処理法

廃棄物の処理について定めた法律。平成3年の法改正では、「廃棄物の抑制」や「分別」「再生(リサイクル)」も目的に加えられた。


共創の理念

香川県、豊島住民など利害関係者が協働して、無害化処理事業を実施していくための理念。永田勝也氏(早稲田大学、技術検討委員会委員長)が提唱した。


有価物

廃棄物は「不要物」と定義されており、これを受けた行政解釈においては「廃棄物とは、占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却することができないため不要になった物をいい、これに該当するか否かは占有者の意思、その性状等を総合的に勘案して判断するもの」とされている。香川県は、この行政解釈を根拠にして、「業者は金属回収業を行っているのであるから、豊島に持ち込まれているものは廃棄物ではなく有価物であって、廃棄物の不法投棄にならない。」との説明をしていた。


排出事業者(の責任)

産業廃棄物を排出する事業者のこと。豊島事件では、多数の排出事業者が、無許可の業者に収集・運搬・処分を委託しており、公害調停においてはその責任が追及された。最終的に、排出事業者は原状回復費用の一部を負担しており、排出事業者にこのような責任が認められたのは豊島の公害調停が初めてのことである。

産廃とその処理方法

廃棄物

廃棄物処理法では、ごみ、その他の「汚物または不要物」のことをいい、産業廃棄物と一般廃棄物に分類される。一般廃棄物は市町村が処理し、産業廃棄物は事業者が自ら処理することが原則とされており、産業廃棄物を第三者が収集・運搬・処分する場合には行政の許可が必要である。


シュレッダーダスト

廃車や廃家電製品を破砕機で細かく破砕し、電磁石で鉄を抜き取ったあとの細かく粉砕された廃棄物をいう。フロントガラスやシート、ダッシュボードなどの素材であるガラスくず、廃プラスチック、金属くずの混合物として扱われる。


遮水壁

国の実態調査の結果、処分地に降った雨は、廃棄物層を通ることによって、有害物を含んだ浸出水となり、地下水となって、北海岸から瀬戸内海に流出していることが分かった。瀬戸内海への流出を防止するために、廃棄物の掘削、無害化処理に先立って、北海岸に長さ370m、深さ18mの鋼矢板で作られた壁。


水洗浄処理

調停条項では、不法投棄された廃棄物とその直下土壌は溶融・焼却処理によって、無害化するとされていたが、計画の10年間で直島の中間処理施設で処理することができず、処理期間を短縮するために、ダイオキシン類の汚染がない直下土壌については、調停成立後に開発された土壌の水洗浄処理技術を用いて、処理するよう計画変更された。
土壌の水洗浄処理の原理は、重金属類は微細粒子に結合しており、土壌を粒子径で分別して、重金属濃度の高いものとそうでないものとに分ける技術である。


セメント原料化

香川県は、滋賀県大津市の業者と土壌の水洗浄処理の委託契約をしたが、周辺住民から反対運動がおこって水洗浄処理ができなくなり、契約を破棄した。その代わりの処理方法として、汚染土壌をセメント原料として処理する方法が選択された。福岡県の三菱マテリアル㈱九州工場まで、海上輸送し、処理されている。